福岡高等裁判所宮崎支部 昭和45年(く)7号 決定 1970年8月10日
抗告人・弁護人 樺嶋正法
主文
本件抗告を棄却する。
理由
抗告申立人の抗告の趣旨および理由は本件記録編綴の抗告申立書および補充書(一)(二)(三)(四)(五)記載のとおりであるからここにこれを引用する。
これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
所論は要するに、原裁判所のなした前記移送請求の却下決定により被告人が著しく利益を害されるから右決定の取り消しを求める、というものである。
一、よつて按ずるに本件第一の公訴事実および第二の公訴事実につき、いずれも土地管轄が大阪地方裁判所にあるという点、本件第二の公訴事実については鹿児島地方裁判所にも併存的に土地管轄があるという点はおおむね弁護人所論のとおりであるが、更に本件第一の公訴事実についても鹿児島地方裁判所にその土地管轄があると思料する(この点弁護人の見解と異にする)。けだし「刑事訴訟法第二条第一項のいう「犯罪地」とは犯罪構成要件に該当する事実の発生した地、即ち実行行為と構成要件的結果の発生した場所および両者の中間現象地をいい、構成要件的事実以外の事実の生じた地はこれには含まれないので、予備又は陰謀の行われた地は一般には犯罪地とは解し難い。しかし予備、陰謀それ自体が可罰的なものとされている場合には予備、陰謀の行われた地が可罰的行為の地として犯罪地となり、予備、陰謀から更に進んで実行行為に移つたため処罰上後者に吸収される場合でも、そのことにより予備、陰謀の犯罪性が失われるわけではなく併せて単純一罪として処罰されるというに過ぎないのであるから、やはり予備、陰謀の地も犯罪地にあたるものと解するのが相当である」
かかる見地に立脚して本件を考察するに出入国管理令第七一条後段のいわゆる密出国企図罪は同条前段の密出国罪の予備罪的性格を有し、両者はいずれも可罰性を有するのであるから、予備罪(密出国企図罪)より、更に進んで本犯である密出国がなされた場合においては、右予備罪は処罰上本犯に吸収されるものではあるけれども本犯の犯罪地を論ずる関係においては正に右予備罪が行われた地も又その本犯の犯罪地となるものと解すべきである。
しかして本件起訴状の記載によると被告人らは本邦外である沖繩におもむく意図をもつて、神戸港より関西汽船所属の浮島丸に乗船して出港をなし、途中鹿児島県大島郡与論町ハネブ崎灯台約一哩の沖合において被告人らの乗船する浮島丸の船長を脅迫するなど過激な行動にでて積極的に密出国を企てたものとされおり、そうだとすれば本件第一の公訴事実については前叙の理由により右密出国を企て乗船、出港した地を管轄する神戸地方裁判所は勿論のこと右予備罪の構成要件的特徴を有する中間現象地を管轄する鹿児島地方裁判所にも土地管轄があるものといわなければならず、更に付言すると被告人は現在適法な手続により鹿児島市内の鹿児島刑務所に勾留されており、この意味においても同裁判所に土地管轄のあることはいうまでもない。
二、以上論述したところにより大阪地方裁判所および鹿児島地方裁判所はいずれも本件公訴事実の全てにつき土地管轄を有することは明白であつて、しかも両者は共に優劣がなく対等の関係にあるが、このような場合「刑事訴訟の実務においては先づ原則的には全事件を受理した裁判所がその審判を行うものとし、唯例外的に刑事訴訟法第一九条に基き、公訴事件の主たる犯罪地が受訴裁判所の管轄内に存せず他の管轄内にあるとか或は証人その他の証拠の大部分が他の裁判所の管轄内に存し、他の管轄裁判所において審判する方が当該事件の審理に便宜であり且つ被告人および検察官双方の利害を比較考慮するなど諸般の事情に照らし特に適当と思料されるときに限り他の管轄裁判所に事件を移送することができるものと解するのが相当である。
しかして本件起訴状の記載によると本件公訴事実の主たる犯罪行為は鹿児島県大島郡与論町ハネブ崎灯台約一哩の沖合(領海内)の船舶内で行なわれたものとされているのであるから、その主たる犯罪地は一応鹿児島地方裁判所の管轄内に属するものと考えられ、又本件記録によると検察官および弁護人の申請予定の証人並びにその他の証拠が大阪、九州の各地に亘ついていることが窺われ、その大部分が大阪方面に存するものとは認め難く、しかも検察官申請予定の大阪方面の証人については鹿児島地方裁判所の公判期月に出頭することについて予め承諾を得ている事情も窺われ、更に進んで本件の証拠方法たるべき乗組員を含めた該船舶の可動性に着目すればこれらの証拠を該船舶の船籍港を管轄する裁判所において取調を行わなければならないとは必ずしもいえないし、これらの諸事情を併せ考えると鹿児島地方裁判所におけるより大阪地方裁判所における方がより事件の公正、迅速なる審理を期待し得て便宜であるとは必ずしも断定し難い。
尤も被告人および弁護人の住居地が鹿児島地方裁判所より遠隔地にあつて同裁判所において審理を受けることは時間的、経済的にみても相当不便であろうことは十分に窺い得るところであるが、翻つて考えてみるに本件を大阪地方裁判所に移送することによつて公訴を維持すべき責任を有する検察官が犯罪の発覚以来九州の地もとにおいて捜査を担当した司法警察職員ならびに検察官等本件の事案に精通した者との随時、容易に連絡しうる便宜等が阻害されることも全く無視することはできないのであつて、これらの事情を彼此総合して考えると本件は鹿児島地方裁判所において審判するのが相当と認められ、原決定が抗告人の請求を棄却したことをもつて著しく被告人の利益を害するものということはできない。」
なお抗告人の憲法違反の各論旨については一件記録を精査し本件事案に即して考究すれば、いずれも理由なく当裁判所としては俄に左袒し難いところである。
三、よつて抗告人の移送請求を却下した原決定は相当であるから、本件抗告を棄却することとし、刑事訴訟法第四二六条第一項により主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 淵上寿 裁判官 吉次賢三 裁判官 大西浅雄)